諏訪大社の祭りに 神官が子供を 殺そうとしているところを もう一人の 神官が 止め 代わりに 鹿を75頭 を捧げる という 祭りがあります 、
これは創世記22:2 神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。
22:3 アブラハムは朝はやく起きて、ろばにくらを置き、ふたりの若者と、その子イサクとを連れ、また燔祭のたきぎを割り、立って神が示された所に出かけた。
22:4 三日目に、アブラハムは目をあげて、はるかにその場所を見た。
22:5 そこでアブラハムは若者たちに言った、「あなたがたは、ろばと一緒にここにいなさい。わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます」。
22:6 アブラハムは燔祭のたきぎを取って、その子イサクに負わせ、手に火と刃物とを執って、ふたり一緒に行った。
22:7 やがてイサクは父アブラハムに言った、「父よ」。彼は答えた、「子よ、わたしはここにいます」。イサクは言った、「火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」。
22:8 アブラハムは言った、「子よ、神みずから燔祭の小羊を備えてくださるであろう」。こうしてふたりは一緒に行った。
22:9 彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムはそこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた。
22:10 そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、
22:11 主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。
22:12 み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。
22:13 この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた。
↑ と殆ど同じ話である又モリヤという地名も諏訪大社のちかくにあります。 この話は聖書の話と殆どおなじなのですが
では このイサクを捧げよ という 一見無茶な話は何の話なのでしょうか?
子供を殺せとは とんでもない話だと 思う方も多いでしょうが
これは キリストは神の一人子で 世界中の人の 罪の贖罪の捧げ物となられた
こと とおなじ 体験を 主が アブラハムにさせた の だと 思います
アブラハムは 神と同じ体験を したので 義人とされ すべての民の父とされ祝
福されたのです。主の御心を知ることにより 祝福の源とされたのです。
イエスキリストが生まれる 何千年も前からこの様に 計画されていたのは 驚くべき事です。